4月2日 バプテストの起源に関するスポルジョンの確信
みことば 第1コリント3:10−11
多くの人々にスポルジョンのタバナクルとして知られている有名な「メトロポリタン・タバナクル」は、1861年の3月18日にロンドンで開かれました。そして教会のメンバーやロンドンに住む多くの人々が神の祝福を感謝するために献堂式は4月まで延ばされました。4月2日、ロンドンのバプテスト兄弟姉妹のために公開集会が開かれました。スポルジョンが牧会していた教会を祝福してくださった神の祝福を喜ぶために集まったロンドンに住むいろいろな教派からの多くの人々をスポルジョンは温かく迎えました。これはバプテストが真理の独占を主張しなかった証拠です。ところが悲しいことに、20世紀においては、バプテストはその歴史的継承の認識を失ってしまっているように思えます。今一度「バプテストとはどのような人々なのか?」と尋ねてみる必要があるのではないでしょうか? 1861年4月2日、新しい会堂へバプテストの兄弟姉妹たちを歓迎したときのスポルジョンのあいさつを吟味していただきたいのです。
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バプテストとは、源流のクリスチャンであると私たちは信じています。その存在の起源を
宗教改革に持っているわけではありません。私たちはルターやカルヴァンが生まれる前か
ら改革者でした。私たちは決してローマ教会の出身ではないのです。と言うのは、私たち
は一度もローマ教会の中にいたことがないからです。私たちは使徒達自身と途切れること
なくつながっているのです。私たちバプテストは、キリストのご在世界当時から今日までい
つの時代にも存在していました。私たちバプテストの信仰、それはちょうどある時期は地下
を流れている川のように、しばしば覆われてしまい人々から忘れられたこともあったかもしれ
ません。けれども、それはいつの時代にも誠実できよい信奉者たちを生み続けてきたので
す。バプテストは、ローマ教会とプロテスタント教会のほとんどすべての教派から迫害を受
けてきました。けれども、他の教派を迫害するバプテストの信仰を持った政府というものは決
して存在しませんでしたし、また、人間の抑圧によって、人にある考えを押し付けることが正
しいことだと考えるバプテストは一人もいなかったと、私は信じます。その殉教者の伝記が
立証しているように、私たちバプテストは迫害を受ける覚悟を常に持ち続けて来ました。け
れども政府と協調することによって姦淫を犯しキリストの花嫁としての純潔を犠牲にするよう
な、政府からのいかなる援助も受けるつもりはありません。そして、女王が人間の良心を支配
しても、私たちは決して国教会に仲間入りするようなことはありえないのです。(注1)
バプテスト歴史家はバプテストの起源についてその見解を異にしています。殉教者を包んだ炎は、殉教者たちとともに、今日すばらしい宝物となったであろう貴重な日記や記録をも焼き尽くしてしまったからです。バプテストの立場をとっていた多くの祖先たちは、宗教的弾圧のために、彼らだけがその意味を理解することができるように要約する方法で書いたり、記録をとったりしなければなりませんでした。バプテストという名前を、ずっと私たちの主のもとにまでたどって行くのは不可能であるように思えるかもしれませんが、あるいはバプテストの信仰はある時期は地下に潜っていたかも知れませんが、明らかに見出され、私たちの起源が比較的現代の運動に由来しているものではなく、基本的にはイエス・キリストを土台とする不滅の教会にあるのだというスポルジョンの宣言に賛成することができます。私たちは真理の独占を主張しているのではありません。そうではなく、私たちのうちに聖書的原則の継承がこの良き日までなされているのだということを喜びとともに宣言しているのです。
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注1, C.H.Spurgeon, Metropolitan Tabanacle Pulpit (1861; reprint ed., Pasadena, Tex. Pilgrim Publications 1996), 7:225
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