バプテストの歴史 2004年3月26日

 

3月26日 "その方法では小さな混乱も起こらなかった"
       みことば 使徒19:23−41

 チャパワンシック・バプテスト教会はダビデ・トーマスによって設立されました。おそらくヴァージニアにおける初期のバプテスト説教者の中では、彼はもっとも高い教育を受けた人物であったと思われます。彼はペンシルベニアから来たレギュラー・バプテストのひとりでした。何回か、伝道でヴァージニアを訪れた後、最終的にこの植民地の北部に落ち着くことにしました。彼は初期の多くの説教者のように棍棒や拳銃を持った無法者の脅威にいつもさらされていました。(注1)
 チャパワンシック・バプテスト教会はポトマック・バプテスト教会の母教会で、1771年3月26日にスタフォード郡に設立されました。ダビデ・トーマスの指導のもとに、チャバワンシック・教会は何人かのすばらしい有能な説教者を生み出しました。彼らの中には、エレミア・ムーア、ダニエル・フリストエそして彼の兄弟ウィリアムなどがいました。ウィリアム・フリストエはケトクトン・バプテスト協会の初期の歴史を書きました。そしてポトマック・バプテスト教会もかれによって創設されました。
 ウィリアム・フリストエは、彼の霊的な父の足跡を歩み、福音に反対する者たちの暴力の的になりました。これらの教会の設立は、集会を止めさせ、説教者を打つために棍棒や石を持った男たちの大きな暴力団に邪魔されました。注目すべき例は、ロバート・アシビーが引き連れる40人ほどの暴力団が集会を混乱させようと侵入してきたときのことです。幾人かの頑丈な男たちが入り口でアシビーの首と足をつかんで外へ放り出しました。これがもとで大勢の人々が叩きのめしたり引きずり出したりする大乱闘のもととなりました。この事件のすぐ後、アシビーは膝を切りました。ひどい感染を起こし関節が開き、彼の足は筋だけでぶら下がっていました。病の床で彼は誰にも触らせませんでした。そして彼は聞きたいと思いました。しかし説教者が説教を始めた時、彼は聞くのをやめて、説教をやめさせました。彼は多くの苦しみのあとひどい死に方で死にました。そして、これは人々に強い印象を与えました。神は、バプテストの集会を混乱させるために損害を与えようとする企てに対して、この出来事を通して恐れを抱かせてくださったのです。初期の説教者たちには、しばしば補佐してくれる忠実な信者がありました。ウィリアム・フリストロエには、アレン・ウィリーという忠実な補佐役が与えられていました。しました。ファウワイアー郡のダビデ・トマスによってバプテスマを受けたウィリーは、その働きのために大変重んじられていました。彼は南の分離バプテストでカルペパー郡のサムエル・ハリスを自分の家にきて説教してくれるように最初に招いた人物です。集会の二日目、ボール警察署長と彼の手下たちがやって来て、「ここで説教してはならない。」と言いました。すると、エレミヤのような信者が答えました。「それでも、私たちは説教をします。」 鋭いことばと一撃が続きました。暴徒から逃れるために、ハリスはある家に連れてこられました。その家は入り口を守るためにルイス・クレイグがガードしていた家でした。ボールたちギャングが来て、そのガードを追い払ったあとドアを打ち壊しましたが、ただ中にいた人たちと向かい合うだけで終わりました。このようにして、その日は終わったのです。
 牧師として按手を受けたわけではありませんでしたが、ウィリーはおそらくひとりの奨励者であったものと思われます。著者が牧会を始めたばかりのころ、ケンタッキーのいくつかの古いレギュラー・バプテスト諸教会で説教をしたことがありました。そこはまだ奨励者も含んだヴァージニアの初期バプテストの伝統的な礼拝の順序が保たれていました。讃美歌集もなく伴奏もありません。ひとりが一フレーズを歌うと、それに続いて会衆が歌います。長い大きな声の祈りに続き、ひとりが説教を紹介する簡単な説教をしました。別の人が説教をします。それに続いて、今度はもうひとりの説教者が立ち上がり、彼らが聞いた真理に基づいて行動するように会衆に勧めました。その説教者が奨励を続けると、また賛美が始まりました。信仰告白をした者たちは説教者のもとに近づきました。すると彼は歌を止めさせて信仰告白者にキリストとの彼の経験を証する機会を与えました。もし誰かが説教をしている間に、会衆が話が長すぎたり、聖霊に満たされていないと思ったときは、彼らは再び歌い始め、説教者を降板させました。ある時期の状況の中ではその方法が的を得ていたかもしれませんが、彼らはそれを教理にしてしまいました。そしてその方法を続けられなかった人たちは霊的ではないとみなされたのです。

注1 Lewis Peyton little, Imprisoned Preachers and Religious Liberty in Virginia (Lynchburg, Va., J.P.Bell Co.,1938), pp.60-72, 227-28


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