3月21日 「本の中にこれを記念として書いてください。」
みことば 出エジプト17:8−16
さまざまな理由で、過去のバプテストはその歴史を記録することにおいて無頓着でした。よく知られている次のようなことばは確かに正しいものです。「過去を思い起こすことの出来ない者は、それを繰り返して非難される。」(注1) 人の遺産というものは、実際に目に見えるかたちでのメモリーバンクなしでは後世に伝えることは出来ません。過去の出来事、英雄、教理などの忠実な記録というものは、未来の世代が、価値ある信念を保つためには絶対不可欠のものなのです。
トーマス・クロスビイは1683年3月21日に生まれました。(注2) 焼き殺される殉教者たちから立ち上っていた煙もおさまり、殉教者たちがつながれていた鎖の音も消えたばかりのころでした。クロスビイは改心して、義理の兄であったベンジャミン・スチントン牧師が牧会するゴートストリート・バプテスト教会(英国)の教会員となりました。スチントンは歴史的資料を編集し英国のバプテスト史を書き上げようとしました。ある時、資料がクロスビイの所有となりました。そして彼はその資料をむさぼるように読んで、それに彼が手に入れた情報を付け加えました。彼は歴史家としての教育を受けていたわけではありません。それで、このような歴史の本を書くには自分が不的確であると感じました。そこで、彼は、ピューリタンの歴史学者で「ピューリタン史」を書く準備をしていたダニエル・ニールに相談し、バプテストの項目をその本に含むように頼みました。数年後、その本は出版されました。けれども、クロスビイは次のように書いています。「ニール氏の、これらの資料の不当な使用に私はがっかりした。英国バプテストの起源とその発展・・・・・・に関して、彼の第3巻にたった5ページしか書かれていなかった。しかもそれは不完全なものであった。」(注3)
その資料のニールの使い方に失望し、バプテストの起源について正したいと願って、クロスビイは英国バプテストの起源の歴史、リフォメーションからジョージ一世の時世まで」という4巻からなる書籍を出版しました。1738年から1740年にかけて出版され、これは徹底したバプテスト史の最初の試みでもありました。
私たちは、クロスビイが真の意味での歴史家ではなかったと言いました。けれども、彼の牧師であったベンジャミン・スチントンはまた、ベンジャミン・キーチの義兄弟でもありました。その点では、クロスビイはデータに事欠かなかったと言えるのではないでしょうか。初期バプテストの説教者に関する非常に多くの伝記的資料をクロスビイの本から得ることが出来るのです。(注4) 疑いの余地なく、ニールの誤った表現を正すためのクロスビイの努力は、少々無理をして補ったところがあるかも知れません。けれども、その書は放火できないほど貴重な情報を、今日のバプテストに与えてくれています。もちろん、読みづらい17世紀の活字です。また1978年に再版されたとき、各ページが写真に撮られて印刷されました。ですから現代人にはそれを読むのは挑戦かも知れません。けれどもその努力の報いは決して小さなものではありません。若い世代のバプテストの思いの中にバプテストの歴史をとどけることが絶対不可欠であると言うことを学ぶことが出来ますように。そうするなら、次の世代が歴史の中の多くの勇敢なバプテストたちやその信仰、あるいは私たちにこのように大きな相続を残してくれたバプテストのポリシーを学ぶことが出来るのです。
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注1 Geoge Santayana, The Life of Reason (New York: Charles Scribner's Sons, 1953), p.82
注2 William henry Brackney, The Baptists (New York: Greenwood Press, 1988) p. 151
注3 Thomas Crosby, The History of the English Baptists (1738-40; reprint ed., Lafayette, Tenn. Church History Research and Archives, 1978), p.2
注4 W.T. Whitley, A History of British Baptists (London: Charles Griffin and Co.,1978), p.180
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