3月17日 絞殺が恵みの行為であったとき
みことば 詩篇16
もっとも意味深い祈り、心からの熱心な勧め、信仰の熱烈な擁護は、しばしばあまりにも残酷な処刑さえも耐え忍んで自分たちの血でその証を照明した、名もない十字架の兵士の口から来るものです。16世紀ころのオランダにおいてキリストのための自分たちの証のゆえに、実に多くのアナバプテストたちが処刑されたのです。審問者たちは、年齢や性別などまったく容赦しませんでした。年老いた神のしもべの血は若者の血に混ぜ合わされました。女性たちも男性たちと同じように獰猛な拷問を受けたのです。キリスト教という名のもとでの暴力の目的はちょうどローマの円形劇場のそれと等しいものでした。(注1)ジャコブ=デイルクスと彼の二人の息子、アンドリュウとジャンの経験はその時代に生きた何百万人が経験したことの定型的なものでした。ジャコブは、ウトウレヒトの町で家族といっしょに住んでいた仕立屋でした。治安判事が彼を捕らえて、その暴虐行為をもって恐れさせようとしていることを聞いて、彼はアントワープの町に逃れました。彼の妻は、彼が信じていた教理を持ってはいなかったので、後に残っていました。けれども警官たちは彼女の持ち物を押収し、それらの半分を自分たちのものとしてしまいました。彼女は家族と再会する前に、ウトウレヒトの町で死にました。
後に、アントワープ当局はアナバプテストの見解を激しく非難し、ジャコブとその二人の息子を逮捕しました。金よりもはるかに価値がある火による処刑場へ連れて行かれる途中で、彼らはジャコブの一番下の息子ペーターに会わせられました。ペーターは父親と二人の兄弟が処刑されると言うことを聞くと、深い悲しみに包まれ父親にしがみつきました。死刑執行人は、残酷にも息子を父親から引き離し、彼らに着いてきた群衆に踏みつけられるように地面にたたきつけました。もちろん、それは父親と二人の息子たちにとってあまりにも悲しい光景でした。
処刑場に着き杭に縛り付けられると、ジャコブは息子たちに言いました。「愛する息子たちよ。どうかね。」 彼らは答えました。「お父さん、大丈夫ですよ。」 アンドリュウはそのとき、花婿となるはずでした。彼の花嫁は、彼の妹たちとともに離れたところからこの犠牲を、涙とうちひしがれた心でながめていました。彼らは、どれほど花婿また兄が地上のつながりや愛をあきらめ、何よりも天上の花婿イエス・キリストを選んだかを証しました。
このような勇気ある神のしもべたちは、炎が杭に燃え移る前に、死刑執行人によって絞め殺されました。それは哀れみの行為だと考えられました。そして、死に至るまで忠実であったその香りの犠牲のささげものの煙は神に向かって立ち上りました。彼らは神の真実を証したのです。そして自分たちの血によって、また炎によって彼らの忠実さを証明したのでした。
何百万人という人々が、激しい迫害のもとにあっても強め支えることのできる神の恵みと、福音の権威とその麗しさを証することによって、何世紀にもわたって処刑されることによって証言してきたのです。あるときは、神がこのような炎の苦しみにも耐え得る超自然的な力を与えてくださっていることを傍観者たちに指し示すかのごとくに、殉教者はその手を高く天に広げて召されていきました。またある者たちは、炎と煙がその声をかき消すまで、賛美の歌を高らかに歌い神を礼拝して召されていきました。もっとも激しい苦しみとは、積み上げられた薪が素早く殉教者たちを焼き殺すほどの炎に至らなかったとき、あるいは風が強くて炎が殉教者たちに素早く燃えつかなかったときでした。そんなとき、苦しみは長く続いたのです。
このような迫害の事実こそ、どのような苦難の中でも聖徒たちを強め、またその苦しみを見届けなければならない者たちを励ます神の力を証明しているばかりではなく、人類の恐るべき堕落をも如実に物語っているのです。人類はそのすべての知力をもってこのような残虐行為をなし得るほど堕落しているのです。毎日の祈りの中で、このような苦しみの中にある神の聖徒たちを覚えて祈ろうではありませんか。
-
注1, T.J.Van Braght, trans., and Edward Bean Underhill, ed., A Martyrology of the Churches of Christ Commonly Called Baptists ( London: J. Haddon and Son, 1853) 2:449-50
|