バプテストの歴史 2004年3月14日

 

3月14日 御国で生きることを考慮に入れて!
       みことば ヨブ14:14

 1773年3月、エドモンド・ボツフォードは、彼の年老いた助言者でありサウスカロライナのチャ―ルストンにあった第一バプテスト教会の牧師であったオリバー・ハートによって按手を受けました。按手礼はジョージア州のサヴァンナで開かれ、その按手礼の集会での説教はテモテ第1の4:16からで、ハート牧師はその説教の中で、「分かりやすくシンプルなかたちが福音の単純さに最もふさわしいと思われる。けれども、決して説教を低くまた屈服させてはならない。しかし、分かりやすくそして雄々しく、直接的であれ。」と勧めました。
 ボツフォードの生涯の記録を調べると次のようなものがあります。
 ボツフォード牧師が働いたジョージアの地域においては、さまざまな地域からの 移住民が混在して生活していた。彼らのほとんどがいかなる宗教も持ってはいなか った。そして、わずかの宗教に関心を払う人々は熱心な国教会信者かあるいはルー テル教徒であり、彼らは暴力的にバプテストに反対した。サヴェイジ(3月9日の ページ参照)に会ったあの旅行のとき、彼はブーク郡の裁判所で説教をしました。 人々は初めは熱心に聞き入っていましたが説教の終わりのころになると、会衆の中 の一人がののしりのことばでわめき立てました。「ラム酒だぞ!」 その男が外に駆 け出すと、ほかの者たちもそれに続き、聴衆は少なくなった。ボツフォード牧師が 馬に乗るころには、人々は酔っぱらって小競り合いさえ始めていた。ボツフォード はそれを見て悲しみを覚えた。一人の老紳士が彼に近づいて、彼の馬の手綱を取り、 卑俗的な方言で彼と彼の説教をほめ、いっしょに飲むように勧め、そして彼の近隣 に来て説教をするように勧めた。しかったり論じたりする時間はなかったし、また 説教は彼の働きでもあったので、彼はこの老人の招きを受け入れ、約束を取り付け た。彼の最初の説教は、この老人の妻を目覚めさせるために用いられ、また彼の息 子の一人が興味を持つに至った。その他、その地域に住んでいた者たちのうち15 人が短期間で真理の知識に導かれたのである。この老人自身はと言えば、公に信仰 告白こそはしなかったが、落ち着き思いやりのある者となった。(注2)
 彼の最後の15,6年間、ボッツフォードは彼の頭部の片側の神経の病で苦しみました。しばしば説教の途中で、彼のからだ全体がひどい苦痛をともなう発作に悩まされました。そしてその苦痛は30秒から数分にわたって継続しました。どのような状況のときでも、発作が始まると、彼はまるで像のように不動になり、発作がおさまるのを待つのが常でした。驚くことに、彼はそのつらさに慣れ、考えるための妨げになるようなことはありませんでした。 そして、発作がおさまると、また止まったところから説教を始めるのでした。クリスチャンの友だちへの手紙の中で、ボツフォードは発作についてそれとなく述べています。「先週の主の日、説教の真ん中で突然発作が起こって、私は話すことを止めざるを得なくなりました。もちろん、会衆を解散させることもできませんでした。彼らはみんな熱心に聞いていてくれたのです。もしかしたら、突然の発作によって、私は気が付かないうちに天に召されているのかも知れません。だから、自分の変化に毎日気をつけていなければ。」(注3)  ああ、私たちも永遠の御国を考慮に入れて毎日を生き抜くことができますように!

注1 Robert A. Baker and Paul J. Craven Jr., Adventure in Faith (Nashville: Broadman Press, 1982), p. 140
注2 Charles G. Sommers, William R. Williams, and Levi L. Hill, The Baptist Library (New York: Lewis Colby and Co., 1846), 1:40 
注3 William B. Sprague, Annals of the American Pulpit (New York: Robert Carter and Bros. 1865), 6:140-41


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