3月9日 無視することのできなかった質問
みことば 創世記3:9
エドモンド・ボツフォードは、1745年英国で生まれ、7歳のときに両親と死に別れました。この少年の叔母が彼を引き取りました。そして彼は、母親と親しい友人であったバプテストの女性のもとに下宿するために送られました。そしてこの女性とともにバプテストの集会に出席するようになりました。そのため幼いころから強い宗教的な影響を受けることとなりました。そしてその結果、彼はバニヤンの作品を読むようになりました。ところが、彼は成長するにつれ、霊的なことがらに対する興味を失ってしまい、自分の生活に無頓着となりました。しばらくして、彼は軍隊に入隊します。そしてついに20歳のときに、新しい生活を求めて、サウスカロライナのチャールストンに向かって船出しました。ときに1766年のことでした。
彼の幼いころの宗教的感動が再び燃え上がりました。そして、チャールストンの第1バプテスト教会の牧師オリバー=ハート師の説教を聞きに行きました。やがて、ボツフォードは悔い改め、1767年3月13日にバプテスマをうけました。
恵みのうちに成長し、ボツフォードは、福音の働きのために自らを捧げるように召しを受けました。そして1771年2月には、チャールストン教会から説教をする資格が与えられました。ハート牧師はブツフォードを訓練しました。数ヶ月後、彼の友人たちは彼のために着る物、馬と鞍を用意しました。そして彼はペロット牧師のもとで訓練を受けるために、ユートウへと出て行ったのです。ところが、ジョージアのツッカシーキングのベンジャミン=スチーク牧師が召されたので、そこの教会がボツフォードを招きました。彼はその招きに応じ、そこに1年滞在しました。そしてジョージアとサウスカロライナの地域で広く説教しました。1772年、未開の地で説教をしたので、彼の働きは主に伝道者の働きでした。彼は、いわゆる「レギュラー・バプテスト」でしたけれども、(ジョージアの)キオーキー教会においても説教をし、ダニエルとエイブラハム=マーシャルの親しい友人となりました。このような一つの旅で、キオーキーの依頼で、ラブレス=サヴェイジの家に立ち寄ったことがありました。サヴェイジは言いました。「あなたはバプテストの牧師さんでしょうね。今日、キオーキーの教会で説教をされるんでしょう。」「そうです。あなたもいらっしゃいませんか。」「いいえ、私はバプテストは好きじゃないんですよ。彼らは自分たちだけがほんとうのバプテスマを受けていると思っている。」「えっ、あなたはバプテスマを受けておられるんですか。」「ええ、もちろんですとも。」「あなたはどうしてそのことを知っておられるんですか。」「どうして知っているかって。私の両親がそのことを教えてくれたからですよ。」
「それじゃあ、あなたは知らないんです。ただそういう話だけでしょう。」このような会話を残して、ボツフォードは彼の家を去りました。けれども、「どうして知っているんですか。」という質問が、ほんとうにバプテスマを受けるまで、サヴェイジの心から離れることはなかったのです。サヴェイジは、ダニエル=マーシャルによってバプテスマを受けました。そしてその日から、彼は説教を始めたのでした。(注1)
ボツフォードは1773年3月14日、チャールストンの第1バプテスト教会によって按手を受けました。けれども、彼の按手に先だって、ダニエル=マーシャルは、ボツフォードに働きによって救われた多くの人々にバプテスマを授けました。その中には、ボツフォードの最初の妻、スザンナ=ナンも含まれていました。1774年、ボツフォードは英国の彼の兄弟の土地の相続を受けました。これによって、エドモンドとスザンナはその働きから受ける報酬はわずかでしたが、十分に豊かに暮らすことができました。この結婚生活から、神は彼らに6人の子供をお与えになりました。ところが1779年の春、独立戦争の惨事によって家から追い出されてしまいました。エドモンドは英国人、スザンナはアイルランド人であったので、英国軍によって召集される危険がありました。そこで、彼らは、たった二頭の馬と、一台の荷馬車と細々とした身の回り品だけを持ってヴァージニアへ逃れました。ボツフォードの家は、戦争により廃墟と化し、彼の自由は完全に崩壊してしまいました。
ボツフォード師は1790年3月9日、たった39歳の若さで天に召されました。(注2)ボツフォードの生涯は祝福されたものでした。この書において、彼をもう一度取り上げることにしましょう。
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注1,James Donovan Mosteller, A History of the Kiokee Baptist Church in Geogia (Ann Arbor: Edwards Brothers, 1952), p.232
注2,William B. Sprague, Annals of the American Pulpit (New York: Robert Carter and Bros., 1865), 6:141
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