3月7日 自由という名の下で奪われた自由
みことば ルカ20:9−18
マサチューセッツ湾植民地の状況は、良心の自由を求める者たちや信者だけのバプテスマを主張する者たちにとっては耐えられないようなものになっていました。イサーク=バッカスはマサチューセッツ法廷が定めたことを次のように記録しています。
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当法廷は今後も、このような前もって治安判事,およびこの管区内の教会の長老たち
に通知し認可を受けていない教会の交わりへのいかなる方法における参加も認めるこ
とはない。さらに今後、いかなる教会の長老であろうと、治安判事の許可なしで集ま
ることは許されない。そして管区内の教会はこの連邦の自由が許されている(注1)
自由そのものが取りあげられるとき、いったいどこに自由があるというのでしょうか。良心の自由が取り上げられるなら、すべての自由は失われるのです。
大きな論争が巻き起こりました。下院は解散し、牧師たちを一致させるために新しくされました。また多くの男女が植民地から追放され、ある者たちは異端として処刑されました。最終的にマサチューセッツは、住民の多くはその牧師たちを選ぶ権利を持っていたわけではなかったにもかかわらず、各町のすべての住民が同じ割合で、牧師たちを支援するためのお金を支払うように強要する法律を制定しました。
出エジプト34:3−4
第1歴代11:3
第2列王11:17
ジョン=クラークとその兄弟ジョセフおよび他の幾人かが離れ去ったのは、まさにそのような影響のもとでした。1638年3月7日、彼らは以下のような契約を結びました。
以下に署名した我々は、神のご臨在のもとで厳かに一つの国家の同盟を結ぶものである。そして主が御助けを与えたもうがゆえに、王の王、主の主なる我らの主イエス・キリストと完全で絶対的な神の律法、すなわち我らの導きと標準のために我らに与えたまいし真理の聖なるみことばに我ら自身、生活およびそのすべての所有物を服従させるものである。
彼らは「新約聖書の中にこのような団体を統治するための律法を見つけることができなかったので、彼らはモーセの律法にまでさかのぼって、一人の裁き司と3人の長老を選んだ。」と、バッカスは述べています。1639年1月2日に、彼らのその自由の集団は、「裁き司は3人の長老とともに、神のみことばの一般的規則に従って支配し治めること、また神のみことばに言及されていないことがらに関しては、そのような場合のための監督として定められている議会によってなされるものとすると、発表しました。1640年3月12日、彼らはその行政を変えて、後に英国からの設立認可が下りるまで、総督と4人の副総督を選びました。」(注2)
いかなる人間による行政も、それが秩序を保証し、なおかつ人々に良心の自由を保障するような政治のシステムを作り上げるために努力し、結果として一般市民も指導者もとも法律の下に置く合衆国憲法と権利の章典を勝ち取ったような行政であったとしても、それでもなお、それを治める人間や裁判および植民地の誤りと同様に絶対的なものではありえません。けれども、私たちの合衆国憲法は、たやすく作り上げられたようなものではありません。数え切れないほどの人々の苦労によって、何百年もの苦痛の末に生み出されたものなのです。神がこの国を祝福してくださいますように!
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注1, Isaac Buckus, Your Baptist Heritage, 1620-1804(1844,.repint ed, Little Rock: ChallengePress. 1976), p. 37
注2, Ibid., pp.39-40
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