3月1日 敬虔さのゆえに尊敬された謙遜な牧師
みことば ルカ6:28−、14:1
バプテストはその伝道的情熱で知られていますが、禁欲的な生活で特徴づけられるグループをバプテストの中に見つけるのは難しいと考えられています。ところが、そのようなグループがペンシルヴェニアのエフラタにあったセヴンテイデイ・バプテストでした。コンラッド・ベイセルは1691年3月1日にドイツで生まれました。そして長老派の中で育てられました。1720年にボストンに着き、ペンシルヴェニアのランカスターに居を構えました。彼は1724年にバプテストの信仰に改心し、同年11月12日、他の6名の仲間とともに浸礼を受け、この7人で教会を組織したのです。そしてコンラッド・ベイセルがこの教会の牧師として選出されました。(注1) このグループは共同体様式を採用し、やがて好ましい生活様式として禁欲生活を取り入れました。ベイセルがこのグループを組織したのですが、1733年、彼はその群れから出て、一人で旅に出ました。そして、ある時期、自分の食料のためにだけ作物を作って隠遁者生活を送っていたようです。ところが、彼の従者たちはすぐに彼を見つけて、彼のもとに住むようになりました。
メンバーたちは、肉的な喜び抑えようとしたので、その生活は非常に厳しい者がありました。例えば、当初彼らは木のまくらでベンチの上で睡眠をとりましたが、後にベッドを採用することにしました。常にへりくだって己を低くするために、部屋に入るためのドアはとても低くなっていました。また彼らの食べ物は非常に質素で限られていたようです。と言うのは、彼らは地の産物だけで生活していたからです。兄弟たちは農業を営み、印刷所、製紙工場、製粉工場で働き、姉妹たちは糸つむぎ、編み物、縫い物にいそしみました。彼らは何よりもまず、神をお喜ばせすることに最大の関心を払いました。彼らは朝、夕、そしてしばしば夜、神を礼拝しました。「粗末な衣服、また世離れした禁欲的な生活・・・からは、しかめっつらや荒っぽい態度が想像されよう。ところが、事実はそれとは正反対で、彼らは無邪気なほほえみと物静かな優雅さをたたえた表情を持ち、彼らの会話は優しいトーンとアクセントで飾られており、その振る舞いは優しくまた気さくである。彼らの賛美はすばらしく----少なからず彼らの心地よい声に負うところがある----さまざまな声部に別れ、信仰を持って歌いあげるのである。」(注2)
ベイセルは1768年7月6日、世を去りました。そしてピーター・ミラーが牧師となりました。独立戦争のとき、このミラーについてのおもしろい話が残されています。エフラタの近くで一人の男が住んでいました。彼はいつも牧師をののしっていました。この男は反逆罪で逮捕され、絞首刑の判決を下されました。ミラーは70マイルの道のりを歩いて、この男のいのちごいをするためにフィラデルフィアに来ました。ワシントン司令官は彼の誓願を聞きましたが、「あなたの友人のための命乞いはかなえてあげられない。」と言いました。「私の友だちですって。彼は最悪の私の敵なんですよ。」と、牧師は言いました。「何だって。それではあなたは、一人の敵の命ごいをするために、70マイルも歩いてきたと言うのか。そうなると話は違ってくる。私はあなたの願いを聞き得れよう。」と司令官は答えました。
1813年、エフラタはその禁欲主義とともに絶えてしまいました。けれどもペンシルヴァニア州は彼らの施設を保存しています。それは今もなお魅力的な家族向けの観光スポットです。そこで、今でも、昔のエフラタの古代バプテスト禁欲生活スタイルを「感じ取る」ことができます。
-
注1, Morgan Edwards, Materials Toward a History of the Baptists (Danielsville, Ga., Heritage Papers, 1984), 1:37
注2,Ibid.
|