バプテストの歴史 2004年2月5日

 

2月5日 アメリカで最初のバプテスト従軍牧師
       みことば ネヘミヤ 4

 アメリカ軍において最初に従軍牧師となったのはデイヴィッド・ジョーンズでした。彼は1776年にコロネル・セント・クレア連隊につくように任命されました。彼はまたホレイシオ・ゲイツ将軍、アンソニー・ウエイン将軍のもとでも働きました。また、ジョージ・ワシントンにも強い信頼を受けて、ヴァレイ・フォルジにおいても兵士達にみことばを語りました。
 デイヴィッド・ジョーンズの生涯は教訓と冒険に満ちたものでした。彼は愛にあふれたウエールズ・バプテストの家族の中で育てられました。そして、幼いときに救われ、ニュージャージーにあるホープウエル・アカデミー(アメリカで最初のバプテスト学校施設)で3年間の教育を受けました。彼は医学を学んだのですが、間違いなく、アメリカ先住民のデイヴィッド・ブレイナードの人生とその働きに影響を受けたに違いありません。彼はしばらくの間、ニュージャージーのマンモス郡にあるフリーホールド・バプテスト教会で牧会したあと、彼は、一年以上に及ぶ長期にわたって二度の旅行をすることによって、事実上最初のオハイオの先住民へのバプテスト宣教師となりました。
 フリーホールド教会での牧会にもどりましたが、アメリカの自由の熱望に関する表現があまりにも強かったので、彼は人々から敬遠されました。その後、1775年、彼はペンシルヴェにア、チェスター郡にあるグレート・ヴァレー・バプテスト教会の牧師としての招聘を受け入れました。コンチネンタル大会は断食と祈りの日(1775年7月20日)のために彼を招きました。そしてジョーンズはそこで連隊の兵士達に、「防衛のための戦い」という題の説教をしました。このとき、さいころは投げられたのです。そして1776年、彼はアメリカ軍とともに3回に及ぶ任務の旅の最初の旅に従軍するために牧会を去りました。その戦いの中で、いくつかの大きな出来事がありました。彼はチコンダーロガ、モリスタウン、ブランデイワインにいましたが、パオリ・マッサクルにおいてかろうじて戦死からまぬがれました。そして、冬を軍隊とともにヴァリー・フォージで過ごしました。英国によって彼が大きな存在だったので、ホウ総督は彼を捕まえた者に対する褒美を約束したほどです。1781年にヨークタウンで勝利が訪れたとき、彼はコーンワリス卿の無条件降伏の時、その場に立ち会いました。
 アメリカの独立が保証された後、ジョーンズは再び牧会の働きに戻りましたが、ウエイン将軍が、北西地域でのインド戦争の期間、その軍隊の従軍牧師となるように頼むと,彼はその要請に答え、1794年から96年まで仕え、グリーンヴィルでの条約調印の際には、同席したのです。再び、牧師の職に戻りました。
 信じられないような話ですが,デイヴィッド・ジョーンズは76歳で、またもや1812年戦争時の従軍牧師に任命され、アメリカに誠実に仕えました。彼の最後の公での講演はパオリ・大虐殺モニュメントの落成式でのことでした。そこで彼は死期を迎えることになります。1820年2月5日、84歳の時彼は天に召されました。彼は著者、牧師、宣教師、医師、従軍牧師として仕えました。「危険に直面しても彼は恐れることを知らなかった。燃え盛る愛国心において彼に勝る者も彼と等しい者もほとんどいなかった。革命の苦闘の中で、彼はまさに力の塔であった。…彼は非難されるところのないクリスチャンであった。」(注1) 今日、私たちの軍隊の中に、聖書を信じる従軍牧師たちのために切に祈りたいものです。

注1、William Cathcart, The Baptist Encyclopedia, ed. Louis H. Everts(Philadelphia, Louis H. Everts, 1881)


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