1月31日 無からのバプテストの証言
みことば:第2コリント13:1
何年間も、アメリカのバプテスト史の研究者達は、オランダ・バプテストが使徒の起源を持っているという主張について調査するように王に命じられた二人のオランダの学者からの引用をしばしば用います。その二人の学者とは、グローニンゲンの神学教授アンネ・イペイジと、王の従軍牧師イサーク・ヨハネス・デルモウントでした。この資料に関する言及を発見して、私は、ミシガン州ホーランドにあるウエスタン・神学院においてオランダ語で書かれたその原本を発見しました。それは私にとって大きな喜びでした。その本は「Geschiedenis der Nederlandsche Hervormde Kerk. 」と題されていました。その資料から引用してみましょう。
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私たちは今、以前はアナ・バプテスト、後にメノナイトと呼ばれたバプテストについて見てきた。彼らはもとのワルドー派であった。長い教会史の中で、このような人々はクリスチャン信仰の起源と呼ばれる栄誉を受けてきたのである。ゆえに、バプテストは使徒の時代から築き上げられてきた唯一のキリスト教共同体、また全時代を通じて福音の純粋な教義を守り通してきたクリスチャン社会と考えられるのである。バプテストの外観的および内面的な完全性は、ローマ・カトリック教会によって反論されたことによって、ほぼ証明されたと言える。16世紀に起こった宗教改革がそのことを明らかにした。宗教改革は、ローマ・カトリックの謝った観念を証明し、同時に、バプテストが最も古い起源を持っていたことを証明したのである。(注1)
バプテストの起源に関しては、使徒時代からとぎれることなく続いてきたという立場から、今日の大多数の人々によって支持されているところの説、すなわちバプテストは英国の分離主義者(その政治形態が会衆てきであった)から来たとする説まで、様々なものがあります。ウイリアム・ウイシット博士(南バプテスト・セミナリーの学長)が、1641年に英国バプテストによって復活した「信者のみの浸礼」を主張する記事を発表したとき、当時の南バプテストの人々を奮起させました。いくつかのバプテスト新聞の編集者たちはウイシット博士とセミナーを情け容赦ない論争で揺さぶりました。そして1899年に彼を辞任に追いやったのです。
私たちは、彼らをバプテスト史の分野における「研究者」ではあっても「専門家」ではないと考えます。いずれにしても、上述の宣言は、確かに私たちの先祖は"宗教改革"以前にも存在していたということ、また彼らはバプテストという名で知られていなかったかも知れませんが、"バプテストとは名前が違っても真実のバプテストである"ということです。私たちバプテストの歴史の故に神に感謝しようではありませんか。そして、この二人のオランダ人の学者の誠実さにもかんしゃしたいものです。
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注1,Ame Ypeij and Isaac Johannes Dermount, Geschiedenis der Nederlandsche H++erwormde Kerk(Te Breda: W. Van Bergen en Comp. 1819) p. 148
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