1月24日 J・マデイソン、失望したヴァージニアの紳士
みことば:使徒5:26−42
州教会のある指導者たちは、宗教的な迫害の事実を公的な記録から、また後代の人々の記憶から消し去りたいと願っていました。けれどもヴァージニア州オレンジ郡の正式記録には、ヴァージニアのバプテストたちがイエス・キリストの福音を宣教したために投獄されたという事実を示す多くの証拠を含む内容が残されています。(注1)
ジェームス・マデイソンは、近隣の郡部ばかりではなく自分の住んでいる郡部においてもこのような迫害があることに気づきました。これらの郡部のひとつについてセンプルは次のように記録しています。「彼らは、エライジャ・クレイグが畑で働いていたとき、そのあとを保安官と民兵に追わせた。彼は捕らえられキュールペパーの3人の治安判事の前に引き出された。彼らは賛成の意見も反対意見も聞こうともせずに彼を投獄する命令を出した。彼は他の者たちとともに召喚された。法廷で弁護士のひとりが、彼らを妨害するよりも彼らをしいたげることによって、さらに彼らを前進させることになるので、彼らを釈放すべきであると陳述した。その弁護士は次のように述べた。彼ら(バプテスト)はカモミール畑のようなもので、踏みつけられれば踏みつけられるほど広がるのだ、と。法廷はこの弁護士の考えを受け入れずに彼ら(バプテスト)を投獄するように命じた。」(注2)
オレンジ郡の一市民として、州教会の牧師や一信者たちのモラルや霊的な改心のために、ジェームス・マデイソンは深く心を痛めていました。バプテストは大胆に悪に対して声をあげました。そして、そうすることによって彼らは州教会側からの非常に大きな怒りを受けるようになったのでした。マデイソンの意見と失望は、彼の友人ブラッドフォードにあてて書かれた手紙のうちにみられます。
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宗教的信条の統合は恐るべき大胆さを生み出し、教会の政治的設立は人を大いなる無知および腐敗へと導くものです。そのようなことはすべて、有害な計画を遂行するための手助けをするだけなのです。・・・私はもう一度、あなたから新鮮な空気を受けてリフレッシュしたいと思います。それは私の精神的健康を回復させ、私の確信を再確認させてくれるに違いありません。私は、確かに家庭では良い環境があります。ですが、国と私の国の自由について考えるなら、何も自慢できるものはありません。貧困とぜいたくがあらゆる人々の間にいきわたっています。傲慢、無知、不正が神に仕える者たちの間に横行しています。邪悪や悪行が信者たちの間にみられます。これらはとても悪いことですが、私が申し上げたい最悪のことがらではありません。最悪のことがらとは、非常に残忍な、地獄をさえ思い起こさせるほどの迫害が猛威をふるっているという事実です。そして、ああ、何と言う不名誉なことでしょうか。聖職者たちは、そのような迫害という目的のために彼らの役割を果たしているのです。そして、このことが何よりも私をいらだたせているのです。今、この地で少なくとも5,6人の仲間が狭い刑務所にいます。彼らの信仰の立場を明確にする出版をしたためにです。その信仰の立場とは正統的なものでした。私はこの件に関して聞きたくも話したくも、また考えたくもありません。私はあまりにも長い間、口論をつくし、説教をかさね、大声を出して語り続けましたので、もう忍耐に限界が来ました。ですから、私はあなたに私をあわれんでくださり、すべての人に良心の自由がもたらされるように祈ってくださるようにお願いしなければなりますまい。」(注3)
神はしばしば、賢明で分別のある人々を、弱い者や軽んじられている者を弁護するために大きな影響を及ぼす立場に置かれます。そして、彼らに聖書の原則を理解させ、彼らを圧制者から救い出してくださいます。教会と国家との真実な関係似ついての理解が非常に浅い今日、神がこのような人々を起こしてくださるように祈り求めようではありませんか。
注1、 Lewis Peyton Little, Imprisoned Preachers and Religious Liberty in Virginia (Lynchburg, Va.,:J.P.Bell Co., 1938), pp.128-36
注2、 Robert B. Semple, A History of the Rise and Progress of the Baptists in Virginia (Richmond: Published by the author, 1810), pp. 415-16
注3、Charles F.James A Documentary History of the Struggle for Religious Liberty in Virginia(1900; reprint NY)
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