1月21日 法廷を困惑させた説教者
みことば:使徒22:1−3
初期のバプテストの先輩たちは教育を受けていない人々、また学問的な業績はほとんど残していない情熱の人々であったと思われています。けれども神は、私たちの先輩たちの中に大きな精神的能力を持った何人かのユニークな人を育ててくださいました。ジョン・バニヤンはまさにそのような人でした。けれども実は、英国のベッドフォード教会の多くの有名な人々が存在したのです。
1672年1月21日、ジョン・バニヤンがベッドフォード教会の牧師として招聘された集会で、他にも7人の人々が審査され神の働きのために選ばれました。彼らの中にネヘマイア・コックスがいました。彼は、「非常に優秀で、高等な学問を修めた思慮深い神のしもべ」であったと言われています。(注1) コックスはベッドフォードの出身で1669年にその教会のメンバーとなりました。そしてジョン・バニヤンによってバプテスマが授けられたと言われています。コックスは優れて有能な著者として、数冊の論文を書き上げ出版しました。神はそれらを豊かに用いてくださったのでした。彼は近くのヒッチン・バプテスト教会からの招聘を断り、ベッドフォードで福音を宣べ伝えたために幾度か投獄されたといわれています。
コックスが法廷に引き立てられた日に、興味深い出来事が起こりました。コックスは以前は靴職人でした。ですから、法廷では「細ひも職人」として知られていました。コックス牧師は自分の弁明をギリシャ語を用いて行ないました。また、彼らの告発にへブル語を使って起訴者たちを困惑させました。「判事は、誰一人彼に答えることができないのを見て驚きを表明した。コックスは自分が好む言語で弁明する権利があることを主張した。判事は彼を解放して、弁護士団に向かって言った。『さて、この細ひも職人は私たち全員を打ち負かしたよ。諸君!』(注2)
後に、コックスはロンドンに移り医療の職業について自給しました。(注3) と言うのは、迫害下にあった教会は小さく、ほとんどの牧師たちは副業を持たなければならなかったのです。最終的に彼は、ロンドンにあるぺテイーフランスの有名なバプテスト教会の兼牧の招聘を受け入れました。1678年には、このぺテイ―フランス・バプテスト教会がパテイキュラー・バプテスト協会に加盟したことは実に興味深いところです。コックスはメッセンジャーとして協会主催の諸集会に出席しました。(注4)
1682年迫害の嵐がぺテイ―フランス教会を襲いました。けれどもコックス博士は、少なくとも20年間、その協力牧師ウイリアム・コリンズとともに忠実にその教会の会衆に仕えました。
注1、Thomas Crosby, The History of the English Baptists(1738-40; reprint ed.,Lafayette, Tenn.: Church History Research and Archives,1979),4:265
注2、 Thomas Armitage, The History of the Baptists(1890; reprint ed. Watertown, Wis.: Maranatha Baptist Press,1976), 2:524
注3、 W>T>Whitley, A History of British Baptists (London:Charles Griffin and Co., 1923), pp.131-32
注4、 J.Jackson Goadby, Bye-Paths in Baptist History (New York: Bible Publishing Co., n.d.), p.191
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