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1月8日 イリノイで最初の凍りつく寒さの中での浸礼
みことば ローマ6:1−6
私たちのバプテストの祖先は勇敢な人々で、どのような犠牲を払わなければならなくても主に従おうと堅く決心していました。今日、私たちの高すぎる教養が主に従うための心からの犠牲をしばしば妨げているのではないでしょうか。
2月の凍りついた小川に集まり、氷を切って穴を作り、バプテスマの礼典を執り行うために冷たい水の中に入って行くのを想像できますか。ところが、これはまさに1794年の2月のある日に、実際に起こったことなのです。ジェームス・リーメン、その妻キャサリン、その他2人は、イリノイ州のモンロー郡、ファウンテイン・クリークにおいて「キリストの死にあずかるバプテスマによって…葬られた」のです。
ジェームス・リーメンは1787年、イリノイ州で最初に滞在した伝道者の訪問の際に救われました。ケンタッキーのジェームス・スミスがその地域に福音をもたらしたのです。ところが、リーメンは、やはりケンタッキーからのジョシア・ドッジがその地域で福音を述べ伝えることを決心するまでバプテスマを受けるのを延ばしました。調査の結果、ドッジ牧師は、リーマン夫妻が他の二人、ジョン・ギブソンとイサク・エノクととともにバプテスマを受けたいと願っていることがわかり、バプテスマの日付が決められました。バプテスマが施されることになっていた日、イリノイでの最初のバプテスマを見るためにいろいろなところから多くの人々が集まってきました。水辺では、賛美歌が歌われ、礼典のためのみことばが読まれ、祈りがささげられました。バプテスマを受けた者達が水からあがってくるとまた賛美がささげられました。最後に祝祷がささげられると、人々は去っていきました。これらの意志強固なバプテスマ志願者について考えみてください。またこれらの人々にバプテスマを授ける間、ずっと水の中に立ち続けたドッジ牧師についてはどうでしょうか。
2年後、リーマン夫妻は他の数人の信者とともに、イリノイでの最初のバプテスト教会を組織しました。彼らの牧師はデイヴィッド・バッグレイ師でした。
リーマンは改心する前も、主日には聖書を読むために数名の人々とともに集っていました。そして可能な場合は説教のために説教者をも迎えていたのでした。バプテスマを受けた後、リーマンは急速にみことばにおいて成長し、1808年には説教をすることもゆるされるようになりました。すでに50歳になっていましたが、1823年1月8日に召されるまで、彼は活動的で熱心なみことばのしもべでした。
エアコンのきいた会堂で暖められたバプテスマプールのある今日、私たちは、初期のアメリカ・バプテストの人々の経験した困難について考えてみるべきではないでしょうか。彼らはこのように多くの困難にも打ち勝って、自分たちの信仰を貫き通したのです。次回、「今ふうの」改心者が、ちょっとした風邪のためにバプテスマを延ばしたいと言うとき、私は、リーマン夫妻、ジョン・ギブソン、そしてイサ-ク・エノクスについて考えてみるようにすすめるつもりです。この大いなる国の私たちの相続のために、神に感謝しましよう。DLC
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