バプテストの歴史
2004年1月6日

 

1月6日 すばらしい賛美歌の誕生み
      ことば 使徒20:17−38

 イギリス、ワインスゲイトにあるバプテスト教会の、才能に恵まれた若い牧師ジョン・フォウセットは1740年1月6日に生まれました。そしてジョージ・ホイットフィールドの力強い説教によって16歳の時に改心し、19歳の時バプテスマを受けてブラッドフォードにあるバプテスト教会の交わりに加えられました。彼の按手は、彼がワインスゲイトでの牧会を引き受けたとき、1765年に行なわれました。フォウセットの豊かな教養と才能は彼の出版した詩や散文によって、また彼が導いていた教育施設によって広く知られるようになりました。

 フォウセットがワインスゲイトでの牧会を引き受けた6年後、ジョン・ギル博士がロンドンのサウスワークに有名なバプテスト教会を残して天に召されました。その教会は無牧となってしまいました。しばらくして、ジョン・フォウウェル牧師がその教会の牧師として招聘を受け、それを受諾しました。彼のいなかの教会は小さかったので、この若い神のしもべは、もっと大きな教会でもっと大きな機会を求めていたのです。大きな教会なら給料も多くなり生活の不安もなくなるだろうと考えたのです。自分たちの愛する牧師が招聘を受け、自分たちから去っていくという知らせがワインスゲイトの人々に伝えられました。人々は悲しみに暮れました。当時牧師が変わるということはめったにないことだったのです。福音の働きにおいて、自分が仕えた人々の真ん中で生き、そして死んでいくのが神のしもべのあるべきすがただと認識されていたのです。こんなことが起こるとはワインスゲイトの人々には考えられないことでした。
 けれども、運命の日はついにおとずれました。ファウセットの荷物をロンドンへ運ぶために依頼を受けた荷馬車が到着しました。神のしもべは、自分たちの持ち物が家から出され、荷馬車に積まれるのを見ていました。この牧師によってキリストの救いへと導かれた人々は、目に涙をいっぱい貯め、黙ったままで立っていました。ファウセット夫人は、最後にもう一度点検するために住み慣れた家の中に入っていきました。そして、泣き崩れながら出てきたのです。そして、「ジョン。私はここを離れたくないわ。」と夫に言いました。ジョンは、「僕もだよ。」と答え、荷馬車の運転手のところに行って言いました。「家具を元に戻してくれないか。」 見ていた人々は、今いったい何が起こったのかが分かると、それを手伝い始めました。部屋がもう一度元通りに戻されると、ファウセット牧師は机に向かって一つの賛美歌を書きました。
 「神によりて いつくしめる
  友の交らいは いともたのし」
 後に、ファウセットは神学博士になりました。そしてブリストル大学に学長として招かれました。しかし、その招聘をことわり、天に召されるまで自分が生涯を送ったところでその働きを続けたのでした。
 あるとき、ファウセット博士の書物からの引用がジョージ王三世の前で朗読されたことがありました。そして、その引用がなされた小さな書物が非常に感動的だったので王はファウセット博士と連絡をとり、自分のために集会を開く機会を提供しました。はじめファウセット博士は自分ためにもたらされるその好意を断りましたが、後に一人の死刑に定められた男と何人かの重い罰を課せられた人々を救うためにこの申し出を受け入れました。
 あなたがこの偉大な送別の賛美歌を歌うとき、ファウセット牧師夫妻とワインスゲイトの良き人々のことを思い出してください。DLC


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